平安朝の文

『枕草子』の文➁帰参を促す山吹の花の便り

Miyako

【章段紹介】(第137段)

 関白道隆が亡くなった後に世間を騒がす事件が起きて、中宮定子が内裏から退出し小二条殿という所で暮らしていたことがありました。ちょうどその頃、後宮での人間関係に悩んだ清少納言はしばらく里下がりをしていました。

 その清少納言の里下がり先を源経房という人物が訪ねてきます。彼は清少納言に、どんな時にも風雅を忘れず凛とした佇まいで過ごしている中宮の様子を話します。清少納言の帰参を望む女房たちの言葉も伝えますが、清少納言はなかなか出仕する決心がつきません。

 それからしばらく定子から何の連絡も無くなり清少納言が心細く思っていたころ、下女が手紙を持ってきました。定子からお忍びでくださったというので、急いで開けてみると、紙には何も書かかれておらず、山吹の花びらが一つ包まれていました。その花びらに、「言はで思ふぞ」と書いてあるのを見て、清少納言のこれまでの悩みはたちまち消え去りました。

 清少納言はすぐに返事を書こうとしますが、誰もが知っているはずの和歌なのに、その時はなぜか上の句が全く思い出せません。側にいた小間使いの少女に教わって返事を書き、しばらくして定子の許に戻りました。再出仕した清少納言を定子は明るく迎え、女房たちに向かって清少納言を擁護する話をしてくれたのでした。

内容解説

長徳の変と清少納言

 中関白道隆の長女で一条天皇に后として寵愛されていた定子は、父の死後に兄弟が起こした事件によって苦しい立場に追いやられていきます。それは、兄弟が勘違いによって花山院に矢を射かけてしまったことが契機となった長徳の変という事件です。定子の兄伊周と弟隆家はそれぞれ大宰府と出雲に左遷され、さらに自邸は焼失し、その後母親も亡くなるという悲劇が次々と定子を襲いました。

 関白の嫡男として父の跡を継ぐつもりだった伊周に代わって政権を執ったのは、彼の叔父の道長でした。そして、道長に近い貴族と交流のあった清少納言は定子後宮内で道長側のスパイ容疑をかけられてしまったのです。女房たちが集まって話しているところに清少納言が来ると、ピタリと話が止むという状況が続き、さすがの清少納言も気が滅入って後宮を出たのでした。

経房が伝えた定子の様子

 里下がり中の清少納言を訪ねた源経房は先に小二条殿に寄ってから来たようで、そこで暮らす定子周辺の様子を伝えます。それは、手入れする人もなく荒れ果てた庭を漢詩の一場面に喩えてみせ、紫苑や萩などの季節に合った着物を着ている後宮女房たちの様子でした。

 世間が道長に追従し、定子を援助する人がいなくなっても、后としてのプライドを保ち続けて気を抜かず暮らしている状況が清少納言に伝えられたのです。しかし、こんな時には清少納言こそ定子の側にいるべきと言ったという女房たちの言葉はしらじらしく聞こえたのでしょう。清少納言はまだ再出仕する気持ちになれませんでした。

山吹の花の意図

 かたくなな清少納言の気持ちを動かしたのは、定子から贈られた手紙でした。山吹の花びらに書かれていたのは、「心には下行く水の湧き返り言はで思ふぞ言ふにまされる」という和歌の一句です。定子は、何も言わないであなたを思う気持ちは口に出して言うよりずっと強いのだと伝えたのです。

 では、その歌の一句をなぜ山吹の花に書いたのでしょうか。『古今集』に載る素性法師の俳諧歌に、「山吹の花色衣主や誰問へど答えずくちなしにして」という歌があります。意味は、山吹色の衣の持ち主は誰か、問うても答えないのはくちなしだから、となります。山吹色の衣は僧侶の衣です。その色は梔子の実を染料としたので、梔子の音をかけて、口無しだから答えないと洒落た歌です。定子は口に出さずに思う気持ちを山吹色の花に載せて清少納言に送ったのでした。

清少納言を迎えた定子

 定子からの山吹の文は清少納言の悩みを一気に解消してしまいました。もう、他の女房がどう思おうと、定子の気持ちに応えるしかないと思います。久しぶりに出仕した清少納言は、気恥ずかしくて几帳の陰に隠れていたのですが、定子が明るく声をかけてきました。そして、「いはで思ふぞ」という言葉は嫌いだけど、今回はどうしても言うべきだと思ったと話します。思っていることを口に出さないのは定子の性に合わないことだったからです。

 清少納言が本歌を度忘れして少女に教えられたことを話すと、定子は女房たち皆に向かってある逸話を話し出しました。それは、謎々合せの競技でわざと簡単な問題を出し味方チームに誤解された男の話で、清少納言が女房たちに誤解されていたことを暗に示していました。後宮女房たちを自らの才知で指導する定子の姿は、内裏で時めいていた時の姿と変わらないものでした。

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平安文学と出会ってその世界に魅了され、読み続けています。1000年前に確かに生きていた人の息遣いを感じると心が震えます。自然や人を深く愛した日本文化を大切に、そして一緒に楽しみましょう!
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