無作法な文①~近江の君から弘徽殿女御へ

今回は文の作法が滅茶苦茶な姫君を紹介します。事の始まりは、光源氏がかつての恋人夕顔の娘を自邸に迎え入れたことです。それは玉鬘と呼ばれる姫君で、実は頭中将の娘でした。
玉鬘は幼い頃に乳母と共に下った筑紫国から上京し、偶然光源氏と巡り逢ったのです。田舎育ちと思えないほど美しく教養深く成長した玉鬘は光源氏の娘として都で評判になり、男性たちの心を引き付けていました。
面白くないのは光源氏をライバル視するかつての頭中将、今は内大臣です。自分にも自慢できる落し胤はいないかと探らせ、見つけ出したのが近江の君でした。
ところが彼女は玉鬘とは大違い。早口でせわしない下層階級の気風が身についた娘でした。父親の血を引くだけあって見かけは可愛らしく悪気はないのですが、自信満々の態度で元気いっぱい上流階級の常識を崩しまくります。
困り果てた内大臣は長女の弘徽殿女御の邸で行儀見習いをさせることにしました。近江の君は大喜びで、早速、義姉君に挨拶状を書きます。しかし、その手紙がとんでもないものでした。
内容は姉君にお会いしたいという趣旨ですが、文面の七割以上に和歌の修辞を用い、和歌には場所の異なる三つの歌枕が読み込まれています。
その書体について原文では、「いと草がちに、怒れる手の、その筋とも見えず漂ひたる書き様も、下長に、わりなくゆゑばめり。行の程、端ざまに筋かひて、倒れぬべく見ゆ」とあります。
草体の多いごつごつした筆跡で、書風は自己流、文字の下方を長く伸ばしていかにも気取った様子。行の具合は端の方に歪んで倒れそうに見えるのでした。
近江の君はその手紙を満足そうに見て、女性らしく細く巻いて撫子の花に結び付け、見かけのよい樋洗童(ひすましわらわ)に届けさせました。でも、ここにもとんでもない間違いがありました。
まず、文の色は折枝の花色に合わせるのが常識なのに、手紙は青で撫子は赤い花だったことです。また、相手は天皇のお妃様なのに、文使いの樋洗童は貴人のトイレを準備する最下位の召使いだったのです。
その手紙は下女が出入りする邸の裏口に届けられますが、女御方の下使いが樋洗童を見知っていたため、無事に女御の手に渡ります。そして、案の定、女房たちの笑いの種になったのでした。