平安朝の文

無作法な文②末摘花から届いた奇妙な文

Miyako

『源氏物語』には笑われ者といわれる女性が3人います。前回紹介した近江の君もその一人で、彼女は上流階級の姫君としての振舞いや礼儀作法を全く身につけていない女性でした。今回ご紹介する末摘花は常陸宮の姫君で、父宮が亡くなった邸で一人で暮らしていた女性です。

兄も出家して経済的援助がなく貧困生活に陥ると、有能な侍女たちは次々と離れていきます。末摘花は行く当てのない年老いた女房たちに世話をされ、世間から取り残されてひっそり暮らしていたのでした。

 この姫の素性と境遇を聞いて興味をそそられたのが光源氏です。早速、彼女に手紙を贈りますが、返事はまったく得られません。業を煮やした光源氏は、女房に手引きを頼んで強引に邸に入ってしまいます。

 そうして二人は契りを結んだのですが、光源氏は夜も早々に邸から出てしまいます。彼が想像していたのは、嗜みある対応の出来る高貴な姫のイメージだったのでしょう。しかし、末摘花はまったくの世間知らずで極端な引っ込み思案、光源氏のアプローチにただ茫然としているだけだったのでした。

 光源氏は自分勝手な妄想を打ち砕かれて気持ちが萎み、翌日の夕方にやっと後朝の文を出しますが、その内容は交際に後ろ向きなものでした。これを受け取った末摘花が、女房たちに教えられたり責められたりしてやっと返した手紙が次のように描写されています。

 紫の紙の、年経にければ灰おくれ古めいたるに、手はさすがに文字強う、中さだの筋にて、上下ひとしく書いたまへり。

 紫色は高貴な色ですが、何年も経って色が白茶けて古ぼけているとあるので、かつては高級紙だった宮家の古い紙を用いたのでしょう。その筆跡は、文字がかっちりしていて少し昔の書風とあり、優雅で現代風の女性らしい文字とは正反対です。

 また、行の上下を等しく揃えて書いているのも、全体的に漢文のようです。彼女の書はどちらかというと男性的で、父宮に教わったのかもしれません。これを受け取った光源氏は見る甲斐もないと思って下に置いてしまいました。

 その後、光源氏の末摘花邸への訪問は一旦途絶え、半年ほど経って久しぶりに彼女の家に泊まった翌朝、その不器量な容姿を見て驚きます。『源氏物語』の女性で最も詳しく容姿が描写され笑われ者になった女性ですが、後に一途な性格が認められて光源氏に救われることになります。

 ちなみに末摘花という呼称は光源氏が彼女の赤鼻を見て、どうして私は末摘花のような彼女と契ってしまったのかと詠んだ歌によるものです。末摘花は赤色の原料になる紅花の異名で、最後に摘む花という意味と赤鼻の容姿をかけています。

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平安文学と出会ってその世界に魅了され、読み続けています。1000年前に確かに生きていた人の息遣いを感じると心が震えます。自然や人を深く愛した日本文化を大切に、そして一緒に楽しみましょう!
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